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書評 2012.07

フレキシブル人事の失敗

 勤労者の間に不安感が蔓延し,貧困・格差・ワーキングプアといった事象が顕在化する現在の雇用状況を招いたターニングポイントは「1980年代にあった」と著者らは分析する。80年代に長期不況に見舞われていた米国が「新自由主義」に舵を切り始めたときから始まり,その後,日米(企業・政府)がパラレルの関係で労働政策の変更を重ねてきた結果だと考察する。規制を緩和し市場競争に委ねる新自由主義の拡大は,日本でも「労働ビッグバン」と称され,“フレキシブルな働き方”を肯定する動きであったが,同時にそれは“雇用調整がしやすい働き方”をもたらしたとも振り返っている。ヒト基準と職務基準,あるいは成果基準と職能基準を巡って揺れる人事制度の混迷ぶりもアカデミックな視点から指摘しつつ,日米の労働政策をより深く検証。翻って,今後のあるべき社会では,企業競争を越えた「ディーセント・ワークの実現」が望まれると述べ,1人ひとりの意識に加えて,人事担当者,組合,社労士らの社会的責任も大きいと結んでいる。

●著者:黒田兼一/山崎 憲  ●発行:旬報社/2012年5月7日
●体裁:四六版/211頁  ●定価:1,500円(税別)

戦略人事のビジョン

 NKK,GE,LIXILグループ各社で常に人事の立場から積極的に会社組織を牽引してきた八木氏の体験的マネジメント哲学が凝縮された1冊だ(各章ごとに金井氏がコメント解説)。企業人事では,学校の先生のように外側から人の成長を見守るだけでは不足であり,自らもリーダーシップを発揮し“社員のハートに火を付け,生産性を10倍に高める役割を担っている”と熱く語っている。また,次世代リーダーを育成する立場の人事担当者は自らもリーダーでなければ説得力がないとし,知識に詳しいだけの人事屋ではなく,判断軸を持ち実践行動の伴うプロの姿を求めて止まない。ただし,優秀なフォロワーではなくエンジンのついたリーダーになるためのハードルは高く,「逃げない」という価値基準を一貫して自らに課してきた著者のキャリアの軌跡は示唆に富む。とりわけ,思考が柔軟で意欲あふれる若手人事担当者には期待を託し,「いつでもCEOが務まるような準備を怠らずに人事の仕事をやってほしい」と,緊張感のあるアドバイスを寄せている。

●著者:八木洋介/金井壽宏  ●発行:光文社/2012年5月20日
●体裁:新書版/233頁  ●定価:760円(税別)

職場で他人を傷つける人たち

 精神科医の立場から,うつ症状の背後にパワハラ被害を疑う著者は,職場で急増する深刻な症例を報告するとともに,その原因・予防策を本書に考察している。日本の社会は徒弟や奉公の歴史があり,共同体を家族とみなす文化も手伝って,構造的に村八分が起きやすいと指摘。潜在的にパワハラを招きやすい土壌に,内外から激しい変化が加わると秩序が崩れ病的な事態が引き起こされるとみている。パワハラは決して「愛のムチ」などではなく生産性の低下や職場の破壊をもたらす重大問題だと捉える一方,脅迫・暴行など明らかな行為以外にも,激励の言葉が相手や環境によってはパワハラになりうる難しい実態も描写する。予防策の1つは“問題の気づき”だと述べ,被害者には「何でも私が悪い」とは考えないよう,また上司・組織の側には「ウチは無縁」ではなく「もしかしたら」と自問してみるよう勧めている。「言ってはいけない・やってはいけない」言動の具体例にも踏み込み,職場のリスクを考えるうえでの有益な情報を整理してくれている。

●著者:香山リカ  ●発行:KKベストセラーズ/2012年6月20日
●体裁:新書版/208頁  ●定価:743円(税別)

ブラック会社で出会ったモンスター社員たち

 細部は架空としながらも,著者は実在する中堅不動産会社で“1人法務部”の戦いを繰り広げているご様子だ。顧客・取引先との契約処理で手一杯かと思われたが,実は不良社員たちが次々に引き起こす事件の後始末に追われる日々であった。その“事件”とは,事実上の横領・詐欺,著しい職務怠慢であり,普通のコンプライアンス基準に照らせば「即刻,懲戒解雇」のはずだが,同社の場合は社長の方針もあり,いずれも「クビにせず,働き続けて給料から返済してもらう」という落着になっている。10数例に及ぶ問題社員・問題行動の異常さには驚かされ,最初のうちは“それ犯罪だろ!”とツッコミを入れたくなるものの,後半は読む側の正義感も麻痺してくるから危ない。企業法務とはいえ,関係者の住民票を取り,現住所におもむき,周囲に聞き込みをし,入出金の証拠を固め,本人に聴取し,ときに警察署へ出向くなど,探偵か刑事のような働き方をしている。コメディタッチの物語を楽しめる傍ら,実話であることが改めて恐ろしくなる,スリル満点の1冊。

●著者:高橋咲太郎  ●発行:彩図社/2012年6月20日
●体裁:四六版/192頁  ●定価:1,200円(税別)

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【評】 久島豊樹 Kushima Toyoki