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適正人件費は複合的に考えよ

みずほ総合研究所梶@コンサルティング部 松尾梓司

■“適正”な人件費とは?

 人事制度の見直しに関するコンサルティングの依頼を受けるなかで,人件費の適正化を課題とする企業が多いと感じている。主な依頼の趣旨は,人件費率や損益分岐点といった指標を基に,自社の業績に対する妥当な人件費水準を見極め,制度改革等を通じその実現を図りたいとのことである。企業の一義的な目的は利益創出であり,このように“財務最適”の視点から人件費を捉えることは重要である。ただ,人件費を業績に対するコストとしてのみ捉え,適正な水準を算定しようとするのは適当だろうか?
 そもそも,“適正”な人件費とは何を意味するのか。財務的な視点では,会社が支払うべき最小限の人件費こそ適正な水準といえるだろう。一方,人件費を社員個々人の報酬の総和と捉えれば,社員各自の役割や成果に見合った報酬や,社員の納得感を充足させる“社員最適”の報酬水準も,適正な人件費と定義できる。これらを満たさなければ,「業績向上に向け,社員がモチベーション高く業務に取り組むことを促す手段」としての報酬制度は機能しない。

■適正人件費のジレンマ

 例えば,社員のパフォーマンス(成果・業績など)に応じた報酬決定は,パフォーマンスにより人件費が増減するという財務最適に沿った仕組みである。社員にとっても,自身が生み出した成果にふさわしい報酬を得ることで,努力が報われたと感じられる手法といえる。だが,個人のパフォーマンスを適切に測定・評価することは,個人営業など限られた職種を除くと容易ではない。また,若手社員の業務上の裁量や権限は限られており,自助努力の余地は小さい。このような状況でパフォーマンスを無理やりに評価し,それに応じ処遇格差を大きく設けても,社員が自身の報酬に納得することは難しい。
 職務等級制度など,職務や役割に基づき報酬を決定する方法も,期待役割を果たせなければ報酬を下げ,職務価値が低い社員にはベテランであっても高報酬を与えないという人件費の“払いすぎ=持ち出し”を防ぐ財務最適に適うものである。実際,厳しい経営環境が続くなか,十分に期待役割を果たせていないとして管理職層を中心に報酬抑制を図っている企業も多い。ただ,これらの企業では管理職と非管理職の間の報酬格差が縮小しており,若手社員にとっては昇格の魅力が薄れつつある。その結果,「昇格しても報酬はあまり高くならず,責任や忙しさが増すだけ」と割り切り,上昇意欲を持たない社員が増えてしまうことが懸念される。

■適正人件費のカギは“バランス”

 短期的なコスト削減を目的に適正人件費を検討すると,えてして財務最適にフォーカスしたリストラ施策を立案しがちである。しかし,社員最適の視点をおざなりにしては,社員のモチベーション低下等により,さらに業績が悪化するといった弊害が生じる可能性が高い。また,社員最適についても前述の通り,パフォーマンスや役割と報酬とのバランスをとらなければ,様々な問題が発生してしまう。
 適正な人件費とは,財務最適と社員最適のバランス,さらにはパフォーマンス・役割,他社の給与水準など,報酬を取り巻く多様な要素と個人の報酬額とのバランスの中から突き止めるべきものである。適正人件費の算定にあたっては,複合的な視点からこれらの要素を抽出し,それら一つひとつと報酬のバランスを丹念に検討しながら,あるべき水準を見定めることが重要である。財務データのみに頼るのではなく,自社の人事制度と運用状況を分析し,また社員の声や社外の情報にも耳を傾け,最適な“バランス”を見出していただきたい。

(月刊 人事マネジメント 2011年8月号 HR Short Message より)

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