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書評 2015.09

下流老人

 生活保護水準相当で暮らす高齢者を「下流老人」と名づけ,その実態をレポートしている。40年間国民年金を払い続け65歳から年金を満額受け取っても月6万円強。会社勤めで厚生年金に加入していたとしても現役時代の年収が400万円程度の場合は,収支を差し引いてみれば実質的に生活保護水準と変わらず,預貯金を取り崩さないと暮らしは成り立たない。さらに,仮に65歳で1,000万円の預貯金があっても,月々6万円の補填を続けると14年を待たずに破綻する。子供世帯が面倒を見ようにも収入の絶対額が不足しており,親子共倒れになる悲劇が迫る。堅実な人生設計を描いていても病気や事故などで働けなくなったり高額出費を強いられたりして「ふつうの人」があっというまに下流に転落する事例をいくつも示し,自己責任論では解決しない社会構造の欠陥を暴いている。個人の側には,@収入が少ない,A預貯金が十分ではない,B頼れる人がいない,という「3ない」を高リスクに挙げつつ,セイフティーネットのあり方に視野を広げて考察を深めている。

●著者:藤田孝典  ●発行:朝日新聞出版/2015年6月30日
●体裁:新書版/223頁  ●定価:760円(税別)

世界のエリート近くで見たら実際はタダの人

 「グローバル人材を増やす」という国策に対し,世界の事情をよく知る2人の著者がリアル目線かつ多角的な示唆を提供してくれている。前半ではナイロビ在住の国連職員大賀氏が自ら接してきた世界の人々のキャリア観や行動特性を綴っている。彼らは振られたタスクを「できない」とは言わず,他者に回すか対案を返すか,姿を消すかして巧みに回避し,あとでこっそり謝るくらいの「半径5メートル」のコミュニケーション力に長けているとユーモアを交えて活写する。また,海外渡航をためらう日本の若者には,「わくわく感」が第一歩だとアドバイスしている。本書後半では元商社マンの布施氏が「グローバル化」の根本的な誤解を指摘。英語を駆使し世界でビジネスをやっているつもりでも,本社組織の価値観に縛られている限り多様性理解は不十分だと語る。仮に渡航歴がなくても,町内での外国人問題や子供たちのネットトラブルに対応し,境界(ボーダー)を越えたファシリテーションを発揮できるなら,その姿こそ「グローバル化」だと論じている。

●著者:布施克彦/大賀敏子  ●発行:日本経済新聞出版社/2015年8月7日
●体裁:新書版/219頁  ●定価:850円(税別)

ルポ過労社会

 「残業月80時間」という過労死ラインを示しながら,特別条項付き36協定によって無制限に等しい長時間労働を容認している日本の労働事情を俯瞰。それを踏まえて,エグゼンプションの制度化を巡る政府の狙い,厚労省の対応,産業競争力会議での民間議員らの発言,労政審での労使対立点等を時系列でレポートしている。公式アナウンスを素直に読む限り「長時間労働に依存した働き方を改めたい」というのは労使に共通した目標とも受け取れるのだが,その解釈は立場によって180度違うようだ。推進派が「時間ではなく成果で評価される仕組みにしたい」と語るのに対し,反対派は「時間の歯止めを失うことになり,長時間労働が助長される」と批判する。本書も「過労死」や「ブラック企業」の惨状を取り上げ,依然として企業側の職場改善意識が鈍いことから「ラフプレーが横行する試合を正当化するものだ」としてエグゼンプション法制化には批判的な立場をとっている。法制度をいじる前に自主的な改善ができないものかと改めて考えさせられる。

●著者:中澤 誠  ●発行:筑摩書房/2015年8月10日
●体裁:新書版/255頁  ●定価:820円(税別)

ドイツ人はなぜ,1年に150日休んでも仕事が回るのか

 日本で長時間労働が話題になるとき,同時に問われるのが労働生産性の低さであり,対比されるのがドイツの事情だ。書名から推察される通り,本書はドイツの労働生産性の高さの秘訣に迫っている。ドイツの労働者保護ルールは経営側には厳しく,労働時間は1日8時間,最長でも10時間と定められ,それが厳守される。さらに,多くの企業で年間約30日の有給休暇を付与し,取得率はほぼ100%(部下の有休取得は管理職に課せられた義務)。そこまで「休暇」にこだわる一方,実は「成果」も徹底して問う社会であった。労働者保護が手厚い代わりに費用対効果の追求は緩めないという暗黙の文化が根づいている様子だ。高い生産性の要因には,@「がんばり」ではなく「成果」を求める価値観,A労使の緊張感,B生真面目な国民性(法令遵守)の3点が認められるとし,関連法規やワークライフバランスに対する国民の意識を紹介。また,ドイツ社会にも欠点はあると認め,“いいとこ取り”を狙う働き方のアイデアを27項目に整理しているページも面白く読める。

●著者:熊谷 徹  ●発行:青春出版社/2015年8月15日
●体裁:新書版/191頁  ●定価:880円(税別)

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【評】 久島豊樹 Kushima Toyoki